「あとちょっと」が気になるあなたへ 

ものを買うとき、「惜しい!」と感じたことはありませんか。

休日にふらっと立ち寄ったスリーコインズやセリアで、「これ便利そう!」と手に取ったはずなのに、気づけば棚の前で立ち止まり、「あとひと回り小さかったら、この隙間にぴったり収まるのに」「マグネット式だったら冷蔵庫の横に付けられるのに」「ここにポケットが一つあるだけで、もっと使いやすいのに」と考え込んでしまう。

私は、この「あとちょっと」が昔から気になって仕方がありません。

もちろん、世の中には便利な商品があふれています。開発者のみなさんが試行錯誤を重ねて生み出した素晴らしい製品ばかりです。それでも、不思議なことに「あと一歩だけ惜しい」と思う瞬間が、暮らしの中にはたくさん残っています。

収納ケースのサイズがほんの少し合わない。キッチン用品の色が部屋の雰囲気と合わない。フックが付いていたら完璧なのに、なぜか付いていない。毎日使うものだからこそ、その「あとちょっと」が気になり始めると、どうしても頭から離れなくなってしまいます。

きっと、この記事を読んでくださっているあなたの中にも、そんな経験があるのではないでしょうか。

便利グッズが好きで、100円ショップや生活雑貨店を歩くのが楽しい人。収納動画を見て「これ真似したい!」とワクワクする人。家事を少しでもラクにしたくて、便利そうなアイテムをつい探してしまう人。

もし一つでも当てはまるなら、私たちはきっと少し似ています。

実は、nicof worksでものづくりを始めた理由は、「何かすごいものを発明したい」と思ったからではありません。

むしろ、その逆です。

私もあなたと同じように、「惜しい」を感じる、ごく普通の生活者だから。

だからこそ、「私が本当に欲しい」「完璧!」と思えるものを形にすれば、きっと同じように暮らしの中で「あとちょっと」を感じていた誰かにも喜んでもらえるはず。そんな小さな確信が、私のものづくりの原点になっています。

振り返ってみると、この考え方は子どもの頃からずっと変わっていませんでした。

ものづくりが好き。その気持ちは、ずっと変わらない

子どもの頃から、私はものを作ることが好きでした。

工作の時間も、絵を描くことも、布に触れることも好きで、大学では服づくりやテキスタイルを学びました。頭の中に浮かんだ色や形、質感を、自分の手を使って少しずつ現実のものにしていく。その過程には、昔から特別な高揚感がありました。

何もなかった場所に、自分の考えたものが立ち現れる。平面のスケッチだったものが立体になり、頭の中にしか存在しなかったイメージが、目で見て、手で触れられるものになる。その瞬間は、今でも変わらずワクワクします。

私は間違いなく、ものづくりが好きです。

誰かを驚かせるようなデザインを作りたいと思っていましたし、多くの人に「好き」と感じてもらえるものを生み出したいとも思っていました。コンテストで賞を取りたいという気持ちもありました。自分が考えたものが評価されることも、人の心を動かすことも、どちらも私にとって大切なことでした。

「本物のアートとは何か」と聞かれると、今でも少し難しく感じます。ただ、人の心を動かし、その人の中に何かを残す作品であるなら、それはアートと呼べるのではないか。私はずっと、そんなふうに考えてきました。

だから、ものづくりと課題解決は、私の中でどちらか一方を選ぶものではありません。

「こんなものがあったら素敵だな」と思う純粋な憧れから作ることもあれば、「ここが不便だから、もっと良くしたい」と考えて作ることもあります。美しさから始まることも、機能から始まることもある。でも、どちらの場合でも共通しているのは、まだこの世に存在していないものを、自分の手で形にしたいという衝動です。

振り返ってみると、私が惹かれてきたのは、単に完成品を作ることだけではありませんでした。

ぼんやりと浮かんだイメージを、どうすれば現実にできるのか考えること。素材を選び、形を決め、寸法を調整し、思いどおりにならなければ何度でも試すこと。その試行錯誤も含めて、ものづくりそのものが好きなのだと思います。

社会人になってから、作るものは少しずつ変わりました。服やテキスタイルだけでなく、Webサイトやデザイン、資料、業務フロー、サービスの仕組みまで、形のないものを設計する機会も増えていきました。

一見すると、それらは「ものづくり」とは違うように見えるかもしれません。でも、私の中ではすべて同じ場所から始まっています。

「こんなものがあったら、もっと素敵になる。」

「こう変えたら、もっと使いやすくなる。」

「この頭の中のイメージを、どうにか形にしたい。」

その気持ちを出発点に、まだ曖昧なものへ輪郭を与え、現実の中に置ける形へ整えていく。私にとってのものづくりとは、そういう行為なのだと思います。

だから、「欲しいものがないなら作ればいい」という言葉も、単に不便を解決するためだけのものではありません。

こんなものがあったら便利なのに、という思いも。

こんなものがあったら素敵なのに、という憧れも。

まだ誰も見たことのないものを作って、誰かを驚かせたいという気持ちも。

その全部が、私のものづくりの原点です。

ものづくりは、私にとって問題を解決するための手段であると同時に、頭の中にある世界を現実へ連れてくる方法でもあります。そして、自分の中にしかなかったイメージが形になり、誰かの心を動かしたとき、その喜びは自分一人のものではなくなります。

私はきっと、これからも作り続けます。

便利なものも、美しいものも、少し変わったものも、見た人の心が動くものも。

「こんなものがあったら素敵だな」と胸が躍った、その最初の感覚を、何度でも現実にしていきたいからです。

「こんなの欲しい」は、本当に私だけ? 

「欲しいものがないなら、自分で作ればいい。」

その考え方は、子どもの頃からずっと変わりませんでした。でも、大人になるまで気づいていなかったことがあります。

私はずっと、「自分のため」に作っているつもりだったのです。

収納用品も、仕事で使うテンプレートも、Webサイトも、最近夢中になっている3Dプリンターで作る生活用品も、すべての始まりは「私が困っているから」でした。誰かに褒められたいわけでも、販売することを前提に考えていたわけでもありません。ただ、自分の暮らしを少しだけ快適にしたかった。その一心で、「ないなら作ろう」と手を動かしてきました。

その考えが変わったのは、本当に些細な出来事でした。

ある日、自宅で使っていた収納グッズを見た友人から、「それ、どこで買ったの?」と聞かれたのです。

「買ったんじゃなくて、自分で作ったんだよ。」

そう答えると、返ってきたのは予想外の一言でした。

「え、それ私も欲しい。」

その瞬間、頭の中で何かがつながった感覚がありました。

私は、自分だけの悩みだと思っていました。市販品のサイズが少し合わないことも、使い勝手があと一歩しっくりこないことも、「私が細かいだけなんだろう」と思っていたのです。

でも違いました。

私が感じていた「あとちょっと」は、誰かも同じように感じていた「あとちょっと」だったのです。

それ以来、100円ショップやホームセンター、生活雑貨店を歩く時間が以前にも増して好きになりました。便利グッズを買うためではありません。世の中にはどんな工夫があって、それでもなお、どんな不便が残されているのかを知るためです。

例えば、収納ケースを見れば、「この高さがあと数センチ低ければ、もっとたくさんの家庭で使えるのに」と考えてしまう。キッチン用品を見れば、「ここにマグネットが付いていたら、冷蔵庫の側面をもっと有効活用できるのに」と想像してしまう。市販品に不満があるというより、「あと一歩、暮らしに寄り添える方法があるはずだ」と考えてしまうのです。

そんなことを繰り返しているうちに、私の中で、ものづくりの意味が少しずつ変わっていきました。

以前は、「自分が快適になるものを作る」ことが目的でした。でも今は違います。

「私が欲しいもの」を作ることは、「私と同じように暮らしている誰か」の暮らしを、ほんの少し心地よくすることにつながるかもしれない。そう思えるようになったのです。

マーケティングの世界には、「顧客ニーズを調査する」という考え方があります。もちろん、それはとても大切です。でも私は、その前にもっとシンプルなことを信じています。

毎日料理をし、収納に悩み、仕事を効率化したいと考え、家事を少しでもラクにしたいと願う、一人の生活者であること。

その自分自身の感覚を、何より大切にしたいのです。

なぜなら、私自身が毎日感じている不便は、決して特別なものではないからです。同じような暮らしをしている人がいる限り、その小さな違和感は、きっとどこかで誰かも感じています。

だから私は、「市場が求めているもの」を探すよりも先に、「自分が本当に欲しいもの」を問い続けたいと思っています。

その問いへの答えは、意外なほど多くの人と重なっています。

私が欲しかったものは、私だけのものではありませんでした。

それは、まだ名前の付いていない誰かの「欲しかったもの」でもあったのです。

なぜ3Dプリンター? 手段は、何だっていい。大切なのは、「あったらいいな」を現実にすること。

「3Dプリンターって楽しそうですよね。」

そう言われることがあります。

もちろん、楽しいです。頭の中にしかなかったものが、少しずつ形になっていく時間は、何度経験しても胸が躍ります。

でも、私が3Dプリンターを選んだ理由は、「新しい技術だから」ではありません。

もっとシンプルです。

作りたいものが、山ほどあったから。

家の中を見渡せば、「あと少しこうだったら便利なのに」と思うものがいくつもありました。生活感を隠しながら使えるゴミ袋ストッカー、インテリアになじむ収納用品、毎日手に取るたびに少し気分が上がる生活雑貨。でも既製品を探しても見つからないものや、見つかっても価格が高くて手が届かないものばかりでした。

だったら、自分で作ればいい。

その結論にたどり着いたとき、私に必要だったのが3Dプリンターだった。ただ、それだけのことです。

もし木で作る方が早いなら、迷わずホームセンターへ木材を買いに行きます。レジンで表現した方が美しいなら、レジンを使います。既製品を仕入れる方が品質もコストも優れているなら、自分で一から作ることにはこだわりません。

私にとって、手段は目的ではありません。

「あったらいいな」を形にすること。

その目的を最も効率よく、最も美しく実現できる方法を選び続けることの方が、ずっと大切なのです。

この考え方は、ものづくりだけではありません。

仕事でも同じです。

Webサイトを作ることが目的なのではなく、お客様の想いを届けることが目的です。AIを使うことが目的なのではなく、もっと価値のある仕事に時間を使えるようにすることが目的です。経営企画という仕事も、立派な資料を作るためにあるのではなく、会社がより良い方向へ進むための意思決定を支えるためにあります。

だから私は、新しい手法や流行を追いかけることには、あまり興味がありません。

「AIだから使う」「3Dプリンターだから作る」「SNSが流行っているから始める」。

そんな順番で物事を考えたことは、一度もありません。

まず、「実現したい未来」がある。

その未来にたどり着くために必要なら、新しい技術も学びます。必要なら3DCADのソフトの使い方を覚えます。IllustratorもFusionも、マーケティングも、経営も、法務も、そのとき必要だったから身につけてきました。

その積み重ねを振り返ると、自分でも少し不思議になります。

服づくりを学んでいた学生時代の私が、経営企画を仕事にし、契約書の設計を考え、AIの活用方法を議論し、3Dプリンターで暮らしの道具を作るようになるなんて、、、当時は想像もしていませんでした。

けれど、私の中では一本の線でつながっています。

どの分野に挑戦するときも、出発点はいつも同じだからです。

「こんなものがあったら、もっと素敵なのに。」

「こんな仕組みがあったら、もっとラクになるのに。」

その小さな理想を、ただ空想で終わらせたくない。

どうすれば実現できるのかを考え、必要な知識を集め、リスクを洗い出し、一番効率よく形にできる方法を選ぶ。その過程では感性だけでなく、論理も必要になります。費用対効果を考え、時間を見積もり、品質を担保し、失敗する可能性まで想定して進める。自由な発想だけでは、本当に長く愛されるものは生まれません。

私は、夢を見ることが好きです。

でも、それ以上に、その夢を現実にする方法を考えることが好きです。

感性だけでは終わらせない。

論理だけにも縛られない。

「こんなのがあったらいいな」と胸が躍る瞬間を、「ちゃんと実現できる形」へ落とし込んでいくこと。その両方を行き来しながら、一つひとつ形にしていくことこそが、私らしいものづくりなのだと思っています。

だから、nicof worksで生まれるものは、決して「かわいい」だけでは終わりません。

毎日使いたくなること。

暮らしが少しラクになること。

長く愛せること。

そして、見た瞬間に少しだけ心が躍ること。

そのすべてがそろって、初めて「作る意味がある」と、私は考えています。

ものづくりで届けたいもの。便利の先にある、小さな嬉しさ

暮らしの中にある不便を見つけ、それを解決するための方法を考えることは、私にとって自然な習慣のようなものです。取り出しにくい、片づけにくい、サイズが合わない、見える場所に置くには少し生活感がありすぎる。そんな小さな違和感に気づくと、頭の中ではすぐに「どうすれば、もっと使いやすくできるだろう」という設計が始まります。

けれど、私が作りたいものは、ただ便利なだけのものではありません。

どれほど機能的でも、使うたびに気持ちが沈むようなものは、暮らしの中に置きたいとは思わないからです。反対に、どれほど美しくても、使いにくく、毎日の小さな負担を増やしてしまうなら、それも私が目指すものとは少し違います。

手に取りやすく、使いやすく、きちんと役に立つ。それでいて、ふと目に入ったときには「やっぱり、これが好きだな」と思える。私が作りたいのは、機能と美しさのどちらかを選ぶものではなく、その両方が暮らしの中で無理なく共存しているものです。

たとえば、毎日使う収納用品が少しだけかわいければ、片づけるという行為は、ほんの少し面倒ではなくなります。生活感の出やすい日用品がインテリアになじめば、目に入るたびに感じていた小さなストレスが消えていきます。自分の家にぴったり合う寸法で作られた道具なら、使うたびに「ここにこれが欲しかった」という心地よさを感じられます。

一つひとつは、人生を大きく変えるほどの出来事ではないかもしれません。それでも、暮らしはそうした小さな感情の積み重ねでできています。

朝、引き出しを開けたとき。料理を始めるとき。仕事道具を片づけるとき。家事を終え、部屋を見渡したとき。毎日何度も繰り返す行動の中に、少し使いにくいものや、見るたびに気になるものがあれば、それはわずかずつ心をすり減らしていきます。反対に、自分の暮らしにきちんと合い、使うたびに気持ちのよいものがあれば、それだけで一日の中に小さな余白が生まれます。

便利になることは、単に作業時間が短くなることではありません。

探し物をする時間が減る。何度もやり直す必要がなくなる。片づけることへの抵抗が少なくなる。見たくない生活感を隠すために、余計な工夫をしなくて済む。そうして生まれた数分や、少し軽くなった気持ちを、自分の好きなことや、大切な人と過ごす時間に使えるようになること。私にとって便利さとは、暮らしの中に自由を取り戻すためのものです。

家事をラクにすることは、ただ手を抜くことではありません。暮らしを整えるために費やしていた時間や気力を、自分の人生へ返してあげることです。だから私は、「もっと頑張ればできる」という理由だけで、不便を我慢し続ける必要はないと思っています。

自分でできることと、自分がやりたいことは、必ずしも同じではありません。

できるからといって、毎回手間をかける必要はない。慣れているからといって、使いにくいものを我慢し続けなくてもいい。もっとラクにできる方法があるなら、それを選んでいいし、毎日使うものにかわいさや美しさを求めてもいい。機能を優先したからといって、心が躍るデザインを諦めなくてもいいのです。

私は、そうした小さな選択を肯定できるものを作りたいと思っています。

使った瞬間に劇的な感動が起こらなくてもいい。けれど、以前より少し片づけやすくなったり、目に入る景色が好きになったり、面倒だった家事に取りかかる気持ちが少し軽くなったりする。日々の中で何度も繰り返される「ちょっと嬉しい」が、その人の暮らしを静かに支えていくようなものを届けたいのです。

ものづくりを続けていると、つい新しさや珍しさ、驚きの大きさを求めたくなることがあります。私自身、人の心を動かすものを作りたいという気持ちは、今も変わりません。ただ、心を動かす方法は、派手な驚きだけではないとも思うようになりました。

「そうそう、こういうものが欲しかった。」

「これなら、毎日気持ちよく使えそう。」

「自分のために選んだものが、ちゃんと自分の暮らしに合っている。」

そんな静かな共感もまた、人の心が動く瞬間です。目新しいだけのものではなく、使う人の暮らしを想像し、その人がまだうまく言葉にできていない「あったらいいな」まで形にできたとき、ものづくりは作り手一人の表現を越えて、誰かの日常の一部になっていきます。

私が欲しいと思ったものは、きっと私だけが欲しかったものではありません。

同じような場所で立ち止まり、同じような不便を感じながら、「あと少し、こうだったらいいのに」と思っていた人が、どこかにいる。その小さな願いを見つけ、感性で思い描き、論理で確かな形にして届けること。それが、nicof worksのものづくりです。

便利であること。美しいこと。無理なく使い続けられること。そして、暮らしの中でふと目に入るたび、少しだけ胸が躍ること。

その全部を諦めずに作ることが、私の「あったらいいな」を、誰かの「これが欲しかった」に変えていくのだと思っています。

「こんなものが欲しかった」を、一緒に形にしていきたい

ここまで、私にとってのものづくりについて、ずいぶん長く書いてきました。子どもの頃から、頭の中に浮かんだイメージを形にすることが好きだったこと。人の心を動かすデザインを作りたいと願ってきたこと。暮らしや仕事の中にある「あったらいいな」を、感性だけで終わらせず、実際に使える形へ落とし込んできたこと。服づくりも、グラフィックデザインも、Web制作も、経営企画も、3Dプリンターによるものづくりも、振り返ればすべて、同じ場所から始まっていました。

「こんなものがあったら、もっと素敵なのに。」

その小さな理想を見過ごさず、どうすれば現実にできるのかを考えること。それが、私のものづくりの原点であり、nicof worksの仕事の原点でもあります。

nicof worksでは、この考え方をもとに、グラフィックデザインやWebサイト制作を行っています。見た目をきれいに整えることだけが、デザインの仕事だとは考えていません。誰に、何を伝えたいのか。その人にどんな印象を持ってもらい、どんな行動につなげたいのか。事業やサービスが持つ魅力を整理し、伝わる言葉とビジュアルへ変換しながら、その先にある成果まで見据えて設計することを大切にしています。

あなたが欲しいWebサイトも、ただ流行のデザインを当てはめれば完成するものではありません。

どんな想いで事業を始めたのか。これから、どんな人と出会いたいのか。お客様にどのような価値を届け、どんな未来をつくりたいのか。まだうまく言葉になっていない考えまで一緒にほどきながら、あなたらしさがきちんと伝わるWebサイトへ形にしていきます。

私は、自由な感性だけで仕事を進めるクリエイターではありません。魅力的なアイデアを思い描く一方で、それを実現するために必要な予算や工数、運用方法、集客導線、リスクまで考えます。前へ進める力と、守る力のどちらも欠かさないこと。売れる仕組みを考えながら、長く安心して使い続けられる形に整えること。その両方を担えることが、私の強みだと思っています。

デザインは、自由であるほど面白いものです。ただし、その自由が誰かの役に立ち、実際の成果へつながるためには、機能と目的が必要です。

かわいいだけではなく、伝わること。

目を引くだけではなく、選ばれること。

作って終わるのではなく、その先も使い続けられること。

感性で描いた理想を、論理によって実現可能な形へ落とし込む。nicof worksでは、その二つを分けることなく、一つの仕事として向き合っています。

3Dプリントプロダクトの販売について

そして今、グラフィックやWebという平面のデザインに加えて、3Dプリンターを使ったものづくりにも取り組んでいます。暮らしの中で感じた小さな不便を解決するものや、便利でありながら、思わず飾っておきたくなるような日用品。市販品では見つけられなかったものを、自分の暮らしに合う寸法や形で設計し、実際に使いながら改良を重ねています。

これからnicof worksでは、そうして生まれたアイテムを、少しずつ皆さんにも届けられるよう準備していく予定です!

私が欲しかったものが、誰かにとっても「ずっと、こういうものが欲しかった」と思えるものになるかもしれない。その可能性を想像すると、今からとても楽しみです。まだ試作の途中にあるものも多いのですが、完成までの過程も含めて、このブログで少しずつ紹介していきたいと思っています。

デザインのご相談。あなたが伝えたいことの具現化をお手伝いします。

もし今、頭の中に「こんなデザインにしたい」「こんなWebサイトが欲しい」というイメージがあるなら、ぜひnicof worksへご相談ください。まだ考えがまとまっていなくても構いません。ぼんやりとした憧れや、「今のままでは何かが違う」という違和感の中にこそ、これから形にしていくべきものが隠れていることがあります。

その小さな種を一緒に見つけ、あなたにとって本当に必要なものを考え、感性と論理の両方を使って現実へ連れていく。それが、私にできる仕事です。

ものづくりは、作り手の中だけで完結するものではありません。

誰かの「こんなものが欲しい」と、作り手の「こんなものを届けたい」が重なったとき、初めて、新しいものがこの世界に生まれます。だから私は、これからも自分の中に浮かぶ「あったらいいな」を大切にしながら、同じように何かを思い描いている人の声にも耳を傾けていきたいと思っています。

欲しいものがないなら、作ればいい。

まだ形になっていないなら、一緒に形にすればいい。

そして、その先にあるものが、毎日の暮らしや仕事を少しラクにし、ふとした瞬間に心を明るくしてくれるものであってほしい。

nicof worksは、そんなものづくりを続けていきます。

そのデザインを見たとき、その道具を手に取ったとき、そのWebサイトから新しい仕事や出会いが生まれたとき。あなたの胸が、ほんの少しでも躍るように。

私がnicof worksを始めた理由と、ブランドに込めた想いについては、こちらの記事でも詳しくお話ししています。

[01|仕事も暮らしも、自分らしく。nicof worksを始めた理由―「胸、踊ってる?」]